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ミステリー・オブ・ヒストリー ♯1

こんにちは!

今日から始まりました新番組
『ミステリー・オブ・ヒストリー』

ナビゲーターのファンキーガッツマンです。




今現在、語り継がれて来ている、
様々な歴史上の人物や、歴史上の出来事。

しかし!
本当にそれが『事実』だと皆さんは言い切れますか?

これまで、当り前のように、
それが『真実』だと語り継がれて来た事が、
実は『真実』ではなかったとしたら?

そう!
歴史には、葬り去られてしまった『謎』の部分があるのです。

この番組は、その名の通り、
そんな『歴史の謎』を、様々な角度から検証し、解明していく・・・

インテリジェンス丸出しの番組なのです!!!




記念すべき第一回目は、
この人物にスポットを当ててみたいと思います。

それでは、
後ほど、またお会いしましょう。














『明智光秀と、本能寺の変』

明智光秀は、
明智光綱の子として現在の岐阜県に生まれた。

ちなみに出生年については、
1512年、1526年、1528年など諸説ある。

はじめは美濃の国主であった斎藤道三に仕えたが、
1556年、斎藤道三とその子・斎藤義龍の争いが勃発した際に、
道三側についたことから、斎藤義龍に明智城を攻められ、
その際、一族の多くが討死した。

命からがら生き延びた光秀は、
明智家再興を胸に誓いつつ諸国を放浪し、
各地で禅寺の一室を間借りする極貧生活を続けた。

1563年、
光秀に転機が訪れる。
鉄砲の射撃技術をかわれて、越前の朝倉義景に召抱えられ、
100名程の鉄砲隊の兵を与えられたのだ。

1566年、
兄である13代将軍足利義輝が暗殺され、
京を脱出した足利義昭が朝倉氏を頼って来た際、
義昭は、側近・細川藤孝を通して、光秀の存在を知った。

義昭は幕府の復興を願っていたが、
朝倉義景本人に天下を取る器量も野心もない事を知ると、
義昭は朝倉氏に早々と見切りをつけて、
桶狭間の戦以来、勢いに乗っていた織田信長を頼ることにした。

1567年、
光秀は義昭に付き従う形で朝倉家を去り、
ここで運命の人物『織田信長』と出会い、家臣となる。

光秀は、荒くれ者が多い織田氏家臣団の中にあって、
和歌や茶の湯をよくした珍しい教養人。
京都に入った光秀は、朝廷との交渉役となって信長を支え、
積極的に公家との歌会にも参加して歌を詠んだ。

注目すべきは、信長に仕えてまだ僅かの光秀が、
織田家生え抜きの古参武将と同等の扱いを受けている事。
いかに信長が、光秀のことを高く評価していたかが分かる。

しかし、信長は義昭が自分を頼って来た当初から、
「足利家は自分が成りあがる為の手駒」としか考えておらず、
次第に義昭への締め付けを強くする。

一方の義昭は、信長の影響力を排して自立したいと熱望するようになり、
諸大名に「上洛して信長を牽制せよ」と促した。
この呼びかけに応えてた浅井・朝倉が挙兵し、
本願寺や延暦寺など宗教勢力もまた、反信長勢に回る事となった。

かくして1570年、姉川の戦いが勃発する。

信長の家臣として織田軍・徳川軍に加勢した光秀であったが、
その相手の一方は、ほんの数年前まで仕えた浅倉軍。

光秀は激しく苦悩したが、時は戦国の世。
どんな私情があろうとも、君主に使えるのが定めと、
光秀は奮起した。

両軍、死者2,500名を越える、壮絶な戦いを制した信長は、
より一層、その名を全国に轟かせた。




姉川の戦いの直後、
信長の家臣たちは、君主の言葉に耳を疑った。

「比叡山を焼き払え!!!」

中立を守るべき宗教勢力が、
反信長に回った事が気に食わなかったのだ。

光秀は、
「それは一部の僧であって、真面目に修行に励んでいる者もたくさんいる」
と抗議したが、信長は聞く耳を持たなかった。

光秀をはじめ、他の家臣たちも、信長には逆らえず、
命令通り、僧侶・一般人・女・子供まで約3,000人を虐殺した。

当時、信長が最も恐れたとされる武田信玄は、この行為に対し、
「天魔の化身だ!」と、激しく糾弾した。





一方、義昭はこれ以上信長の権力が巨大化することを危惧し、
武力対決への準備を進める。

1572年、
遂に、戦国最強大名・甲斐の武田信玄が動く。
上洛を開始した信玄は「三方ヶ原の戦い」で軽く家康をひねり潰し、
愛知まで迫る。

そして、1573年、
信長は窮地に追い込まれた。

東に信玄、西に毛利、南に三好・松永ら大阪勢、
北には抵抗を続ける浅井・朝倉、
さらに北陸には『闘神』こと上杉謙信も控えていた。

この知らせに舞いあがった義昭は、
信玄の上洛を待ち切れずに信長に宣戦布告する。

しかし、事態は急変する。
反信長の急先鋒、信玄が病死したのだ。

そして信長は反撃に出た。
義昭の立て籠る城への攻撃を開始。

加勢するよう命じられた光秀は、
またしても以前に仕えた者と戦う羽目になった。

この猛攻に対し、義昭はすぐさま降伏し、
237年続いた足利幕府は終焉を迎えた。

この頃から、
信長の狂気に満ちた行為は、暴走し始めるのである。





■ガッツマン's eye!

ご覧のように、
ここまで幾度となく、非情な戦いを強いられてきた光秀。

しかし、その誇り高き忠誠心で、自身の揺れる想いを立ち切り、
君主の為に戦い続けた光秀。

そんな彼が、何故この後、謀反などという行為に及んだのか?

私達は、
光秀本人が書き記したとされる、貴重な資料を入手しました。

刮目せよ!!!














983:名無しさん@戦国 1573/6/1(日)10:19:51
信長、基地外wwwww

992:名無しさん@戦国 1573/6/1(日)10:22:16
信長、暴走。クwwwソwwwワwwwロwwwタ

997:名無しさん@戦国 1573/6/1(日)10:29:08
信長、氏ねwwwwwwwww

999:名無しさん@戦国 1573/6/1(日)11:00:23
誰か、次のスレ立てて!












これを見る限り、
本能寺の変は、クーデターなどではなく、
起こるべくして起こった、ただの暴行事件と言わざるを得ない。

この事をふまえつつ、
いよいよ『本能寺の変』について、ご覧頂きましょう!















1582年、
僅かながらの供回りのみを連れ、安土城を離れ、
信長は、京都本能寺にいた。

夜、突如鳴り響いた鉄砲の音に、
信長は目を覚ました。

「攻め手は誰じゃ!」と問う信長に、
森蘭丸は答えた。

「明智が者と見え申し候!」

そこへ突如現れたのは、
豊臣秀吉へ援軍するよう命じていた筈の光秀軍だった。

本能寺を取り囲む光秀の兵、その数13,000。
一方、信長の兵は僅か100。

当初は自らも槍を手にしたものの、
信長はすぐに抵抗をやめた。

光秀の戦いぶりを誰よりも近くで見て来た信長は、
その腕の強さを誰よりも知っていた。

光秀に幾度となく非情な命令を告げて来た信長は、
その心の強さを誰よりも知っていた。

そして、
信長は、自ら本能寺に火を放ち、その中で自害した。

こうして、天下人に最も近いと目された男は、
天下統一の夢を目前に、その人生を終えた・・・







■ガッツマン's eye!

信頼していた家臣の裏切りに遭い、
絶望の果てに自ら命を絶ったとされる信長。

しかし!

私達は自害直前の、貴重なインタビュー映像を入手しました。

刮目せよ!!!







「あぁ、あの人ねぇ~・・・
 ほとんど挨拶もないし、目つきもなんかねぇ~・・・

 まぁ・・・











nobu.jpg
 いつか何かやると思ってたましたよ!」









■結論

まぁ、そういう人間だったんでしょうな!












学校では決して教えてくれない、
歴史学者たちも頑なに口を噤んできた歴史の謎。

これからも、皆さんと一緒に紐解いていきたいと思います。

それでは、また次回、お会いしましょう!






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comment

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No title

すげー!!前振りすげー!!

前振り途中で読む気無くなったけど

2chを見事に再現されてるのがすげー

年度末の忙しさを乗り切ったんですね

私もです

でも週末からまた忙しくなりそうです・・・


おもろかった!!!!

No title

明智さんは謎が多い人物で、秀吉に討たれながらも生き延びて
天海という僧侶になり済まして徳川家に仕えたという話もありますからね。

で、自称天下人のインタビューですが、大事なトコで噛んでるのは仕様ですか?w

No title

超勉強になりました。
ファンガツさんのお陰で、「インテリジェンスの30」くらいは答えられると思います。

思ってたま…したよ!
こういう面白い事してくれると、思ってたましたよ!

No title

インタビュー短っ!でも自害直前にインタビューに答えてあげるなんて
信長って案外やさしいですね。

次回があれば『ペリー来航』をお願いします。

No title

歴史にはまったく疎いので普段は歴史小説なんてまったく読みませんが、ファンガツブログでなら意外と読めました。
そして大変勉強になりました!
漫画で覚える歴史よりファンガツブログで覚える歴史の方が絶対ためになりますね!(笑)

いやぁ~、それにしてもインテリジェンスですね!
僕は昔からファンガツさんはどこかインテリジェンスな方だと思ってたましたよ?本当に思ってたましたよ??

No title

な、なんだ?
歴史の人物って案外えげつないっすねww
信長の子孫のノブナりにスケート靴で
ぶん殴られそうな記事じゃんww
>自称 天下人
自称って何だよ!って。
今でいう、自称 会社役員とは訳違うんだぞ。
>■ガッツマン's eye!
何か、もうこのタイトルだけでご飯おかわり出来る位
おいしいタイトルです!!

取鳥さん


はい、一旦落ち着きました。
まだ、油断は出来ませんが(笑)

久々に集中して書けましたよ!!!

クッタスさん


一応ね、
アップ前には誤字・脱字チェックするんですがね・・・

まさか、あんな箇所で噛んでるなんてね!!!
思いもしませんでしたよ。

長々と書いたのに、
インテリジェンスが台無しです(笑)

ババン子ちゃん


たぶんね、
次の記事読み終える頃には、
インテリジェンスの50もイケると思うんだ(笑)

渋谷店さん


お、おい・・・

ペリーって・・・

エピソードなんて知らないし・・・

ポリンキーさん


以前ポリンキーさんがおっしゃってた、
「インテリジェンスさ」をやっと発揮できるシリーズが出来ました!

「インテリジェンス界の上の上」と呼ばれる僕の
溢れだすインテリジェンスを今後もご堪能ください。

ponさん


だから、多分・・・
今話題の「自称 占い師」みたいな存在だったんですかね?(笑)

この記事は時間がかかるので、
第二回はずっと先の予定でしたが・・・

ねぇ?
おたくの旦那さんが・・・
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