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『予定』8

―13―

2011年6月17日(金)







不思議と、男の中には、
昨日の出来事に対する罪悪感や恐怖感と言った感情は無かった。

むしろ、彼女の事を守ってあげたと言う、
誇らしげな気持ちで一杯だった。

その、歪んだ愛情が、
男を、躊躇いなく犯罪を犯す事の出来る魔物へと変貌させていた。







夕方5時きっかりに仕事を切り上げた男は、
寄り道せず、真っ直ぐ新宿駅に向かい、
そのまま高尾方面へ行く中央線に乗り込んだ。

そして、
立川ではなく、国分寺で降りた。

ホームに降り立った男は、
スケジュール帳を取り出し、今日の欄を確認した。

今日の欄だけは、いつもと違い、
あの日、彼女の部屋のカレンダーから書き写した内容が、
箇条書きで並んでいた。





2011年6月17日(金)
 小島さん送別会。
 19時、新宿アルタ前集合。





男は、
この日を首を長くして待ち望んだ。

夜の7時に新宿で待ち合わせ。
そこから飲み始めたら、終わるのが9時前後か。
一次会で帰るとしても、マンションへ着くのは、
午後10時・・・

そこまで計算立てた男は、
ホームのアナログ時計に目をやった。

あと4時間はある。

男は、急ぎ足で彼女のマンションへ向かった。











医療用ゴム手袋をはめ、スペアキーを使い、侵入した男は、
まず、彼女の部屋をぐるりと見まわし、
前回侵入した時と同じ風景に、この上無い安らぎを感じた。

今日は、たっぷり時間がある・・・

男は、
前回やりたくても出来なかった事、
クローゼットの中身の確認を始めた。

ハンガーパイプには、様々な洋服が掛けられていたが、
あまり派手な物はない。
その点に、男は好感が持てた。

そして、中棚には、
引き出しタイプの半透明の衣装ケースがあった。

男が興奮に震える手で、その衣装ケースを開けた。

期待通り、
中には綺麗に畳まれた下着類が並んでいた。

ここにもまた、
派手な色や、過激な形の下着は無く、
男は「俺の好みを分かっている」と、何だから嬉しくなった。

その中から、1枚のパンティーを取り出した男は、
そのまま彼女のベッドに身を投げた。

ほのかに残るシャンプーの香りは、
男の鼻孔のみならず、下半身までもを刺激した。

男は、彼女を抱いていると錯覚し、
堪らず、ゴム手袋をはめたままの手で自慰に耽った。

自ら持ってきたポケットティッシュに、精液を出した後、
男はそのまま、ぼーっと天井を眺め、
彼女を初めて見た時から、これまでの事を振り返った。





今では、男は、
彼女のフルネームを知り、
彼女の職場の場所も知り、
彼女のマンションも知り、
彼女がどんな下着を着けているのかさえも知っている。

一番最初に抱いた、
「彼女の事を知りたい」という欲求は、ある程度満たされた。

しかし、
人間とは欲深い生き物で、
男は、新たに芽生えた欲求に気付いた。







万里香に、俺の存在を知ってほしい・・・







多少の不安もあったのだが、
犯罪を犯すのも厭わなくなった男にとって、
その思いを打ち消すのは、他愛もない事だった。

何かしら自分の痕跡を残して行こうと決断した男は、
ベッドから身を起こした。

ふと外を眺めると、
日は暮れかけ、所々の窓に明りが灯り始めていた。

その時、
男の視界にある物が映った。

ベッドの脇にある、胸の高さ程のチェストボックスの上に、
1台のノートパソコンが置かれていたのだ。

男は、そのノートパソコンを取り上げると、
床に座り直し、ローテーブルの上にそれを置き、起動スイッチを押した。

薄暗い部屋の中、
モニタの発光だけが、男の顔を不気味に照らした。

男は、
デスクトップに並んだ様々なアイコンを次々クリックして、
彼女のノートパソコンの中身をチェックしていった。

ネットの閲覧履歴も、メールの履歴なども、
これと言って特に気になる点は無かった。




そして・・・
最後に男は、大胆な行動に打って出た。

ワードソフトの画面を立ち上げ、
カチャカチャとキーボードを鳴らし、
シャットダウンせず、そのままにし、
更に、
先刻、自分の精液を拭ったティッシュを、
ノートパソコンの横に置き、
部屋を後にした。





男が去った仄暗い部屋では、
ノートパソコンの青白い画面だけが浮き上がっていた。







今日は楽しかったよ。
 また会いに来るからね、万里香。








―つづく―
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